続きです。
存在=愛であり、
存在者=愛をわけもつかたちあるもの
だと述べました。
等号を整理すると、存在≠存在者ではなく
存在そのものはかたちを持たないという
ことになります。
(存在をわけもつかたちあるものであって、
存在そのものではない。)
また、存在者としてかたちのある私たちは
完全な無、つまりかたちないものをかたちない
まま想像することができないといいました。
さらに加えて言うならば、存在そのもの
つまり完全な在(純粋存在)も
想像することができないのです。
完全な在もかたちを持たないから(!!)
すべてのはじまりであり、すべての原子であり
すべてを包括するのにかたちを持たない…?
そんなもの想像できませんよね)^o^(
そして重要なことに、存在には
特定の意味はないということがわかります。
すべてを包括するのですから。
けれども、存在者、なかでも人間は
あらゆる存在者(あるいは世界)に
意味を求めます。意識していなくとも、
対象に意味付けをし混沌からかたちを
見いだしています(認識)
なぜなら、
それは、、、
かたちを持つからだっ!!(オウ)